3/10/2022

Three Japanese army officers were executed by firing squad at Rangoon Central Prison in Burma following the sentencing of BC war criminals for the massacre at Kalagong during the Pacific War.

1946年7月15日午前6時半ころに、ビルマのラングーン中央刑務所にて、カラゴン(Kalagong)事件に対するBC戦犯の判決により、元日本軍将校の3人が銃殺刑による死刑を執行された。1945年7月7日に、ビルマ東南部モールメン地方のカラゴン村で、女性と子供を含む約637人もの村民が大量虐殺された。カラゴン村の人口は約900人から1千人程度で、全員に尋問を行うも、ゲリラ容疑者を絞ることもなく、女性や子供も含めて大量虐殺した。ビルマにおける最大の民間人の大量虐殺事件として、イギリス軍によりBC級戦犯の裁判にかけられた。カラゴン事件では、6人の憲兵隊員が被告となり、実際の大量虐殺を執行した3人に有罪判決が下って銃殺された。

 大東亜戦争末期にて1945年7月7日に、日本軍第3大隊と憲兵隊がビルマ(現ミャンマー)のカラゴンの村民を大量虐殺した。日本軍と憲兵隊は、カラゴン村民は、イギリス軍の空挺部隊のゲリラとして掃討を命じられた。日本軍はカラゴン村を占拠して、村民を集めて、男性をモスクに、女性と子供を集会所に閉じ込めて、拷問と虐待を繰り返した。家屋を放火して、女性を拉致して、女性に強姦した。憲兵隊は、村人全員を虐殺するように命じられた。7月8日に村民を5人から10人のグループに分けられて、目隠して紐で結ばれた。近くの井戸に連行されて、銃剣で刺殺されて、井戸に死体が捨てられた。その死体は、約600〜1,000人と推定された。日本軍は一度はカラゴン村を離れたが、7月11日に再びカラゴン村に戻り、家屋に放火して約10人の女性を強制連行した。

 日本が降伏した後に、1946年3月12日から4月10日まで、イギリス・ラングーン軍事裁判所で、日本軍8人と憲兵隊6人の計14人が、カラゴン村の男女・子供の虐殺と、村民を虐待と拷問し、9人女性の誘拐を、BC戦犯の戦争犯罪として裁判にかけた。日本軍第3大隊の関係者は、大隊長が絞首刑、実際の処刑にあたった3中隊の隊長3名が銃殺刑を執行された。カラゴン事件の大量虐殺は、軍事的必要や上官の命令への絶対服従は、正当化さないと裁定された。