旅順攻囲戦で降伏したロシア人の患者アレキサンドレッフは、スコルブート(壊血病)による病死後に死体の病理学的検査をした。左右上顎臼歯の内面の歯肉より、腫瘍様が突出した。表面において、凹凸があった。頸部は腫脹していた。全身浮腫, 黄疸, 溶血, 自然出血,痙攣, 発熱などの症状を来たした。前面の歯肉が腫脹し、壊疽状態を対し、汚染物質を付着した。歯列の間より右上顎臼歯部の腫瘍を認める。スコルブートは、1932年にビタミンCが抽出されて、モルモットで壊血病を防ぐことが発見された。
1904年1月2日に旅順要塞のロシア軍は戦意を失い降伏を乞ひ、城を開城した。城内の傷病者は総計で約17,000人に及んだ。しかし、その過半数は「スコルブート」患者であった。スコルブートは日本では稀な疾患であった。外国においても、近年は漸次に減少する傾向があった。その原因については、その当時には定説はなかった。要塞戦と同時に万人に近い患者を暴発した。この患者らに、衛生員が処置を命令され、スコルブートの原因及び病理を研究して、この治療を進展を求めた。その予防法を対策して、将来における参考とする。研究班が派遣されて細菌学的調査を命じられ、臨床と病理解剖学の研究調査を実行した。
壊血病はビタミンCの欠乏に起因して、体が鉄を吸収してコラーゲンを生成が困難となる。体が十分なコラーゲンを生成しないと、組織は破壊し始める。ビタミンC欠乏症は、約8〜12週間後に現れ始める。初期の兆候には、食欲不振、体重減少、倦怠感、神経過敏、無気力などがある。1〜3か月以内に、貧血、筋肉痛、骨痛、腫脹、浮腫、点状出血、皮膚下出血、コルク栓抜きの毛、歯周病と歯の喪失、傷の治癒が悪い、呼吸困難、気分の変化、うつ病などを伴う。全身性浮腫、重度の黄疸、溶血として知られる赤血球の破壊、突然の自然出血、神経障害、発熱、およびけいれんの兆候を示して致命的となる。